ついに二十日の朝が来た。大使館には夕方出発だ。一応晩餐会なので、朝食は軽めの方がいいのだろうか。
昨晩マルボーンには「手筈はすべて心得ている」と言ったが、真相は全く逆の状態だ。デルフィンから与えられた指示はあまりに大雑把すぎる。直前まで詳しいことは何も知らせないのは、彼女なりのやり方なのかもしれないが。
午後5時。
待ち合わせ場所でデルフィンに再会する。彼女は一目見るなり私の格好にダメ出しする。すまないが、この囚人服は私の一張羅なのだ。ある意味、スカイリムにおいて私の正装なのだ。
デルフィンはさすがに用意がいい。私の為にあつらえた衣装を持ってきていた。私がパーティーとか晩餐会とか、そういった贅沢な催し物に全く縁のないアルゴニアンだとよく分かっている。
馬子にも衣装。トカゲにも高級な服。口を利かなければ立派な紳士に見えるそうだ。
さて、大使館での詳しい指示があるなら聞いておきたいのだが。
本当にそれだけなのか。いいのか、こんな体当たり的な潜入捜査で。
まあ指示が忘れようもないくらい簡潔なのはいいことだ。そういうことにしておこう。
馬車に揺られ、雪深い山の中の大使館へ到着した。馬車から降りると、私に声をかけてくる者がいる。
招待客の一人だろうか。馬車の中で一杯やっていたのか、すでに出来上がっているレッドガードらしき男が一人。パーティーに招かれるくらいだから、そこそこの身分なのだろう。しかしとてもそんなふうに見えないくらい、粗野な感じだ。
警戒心というものもゼロに近く、私を新顔と呼んでずいぶん親しげに振る舞ってくれる。これほどまでにあけっぴろげになれるのは、いかに大使館が安全に守られているかという証になる。
そういえばデルフィンは「本物の招待状」を用意すると言っていた。つまり私は正式に招かれているということだ。これはどういうことだろう。
用意された招待状には私の名前が記されている。残念ながら肩書は見当たらない。
一介の冒険者が招かれるだろうか。ハイフロスガーに召喚された者であれば、招待客の身分に見合うかもしれないが。
デルフィンには口をきくなとクギを刺されている。
質問したいのは山々だが、しばらくは成行きに任せてパーティーとやらに身をゆだねよう。
招待状だって大人しく見せてやる。
大使館の厳しい警備も、正式な招待客の前にはおのずと開く。
酔っ払いのラゼランも、ようやく腰を上げてやって来た。
毒を塗ったダガーか。守衛にそんな冗談が言えるほど、彼はパーティーの常連でもあるらしい。
パーティー会場の入り口では、エレンウェンその人が招待客一人一人を迎えていた。
彼女は当然私にも声をかけてくる。初めての招待客に対しては当たり障りのない挨拶にも思えるが、彼女は私が何者かはっきり認識しているようだ。
私がスカイリムの外から来たことも知っている……。
そういえばヘルゲンで処刑場に連れていかれる道で、帝国軍の隊長と話していたサルモールがいたが、あれは彼女だったのだろうか。
となれば妙な芝居などせず、私は私として振る舞ったほうがかえっていいのだろうか。
口をきくなと言われていても、相手から話しかけられれば何か答えねば失礼になる。
私は粗野な一般人らしく、晩餐会とやらには生まれて初めて出席したこと、山盛りのごちそうを早く目にしたいことを子どものように伝えた。
これもある意味失礼だが、エレンウェンはよくできた対応をしてくれる。だがもうこれ以上話で引き止められると、私はぼろを出すぞ。私がどうしてスカイリムに来たかなんて、聞きたいのは記憶がすっ飛んでいる私自身のほうだからな。
ここでようやくマルボーンの助け舟が入った。
助かった。
パーティー会場にはそうそうたるメンバーが顔をそろえていた。ほとんどが各地方の首長達だ。他はソリチュードの有力者達だろう。メイビンもいるのはどういうことだ。リフテンの首長は出席していないというのに。
酔っ払いラゼランでさえ、どうやら東帝都社の高官らしい。
慣れない場所で戸惑っていると、よく見知った男が声をかけてきた。プロベンタスがここにいるということは……。
どうやらホワイトランはスカイリムの中心にあるという立場上、帝国側にもストームクローク側にもうかつに肩入れはできない。そのため、帝国側の人間を招待する大使館の定期晩餐会を断るのも難しいし、かといって首長自ら出席すれば、今度はウルフリックが黙っていない。そこで代わりに執政を出席させ、お茶を濁しているようだ。
そしてホワイトランの従士に任命されたドラゴンボーンである私も、今回そのお茶の濁りに投入されたというわけか。ソリチュードの従士がパーティーに参加しているのだから、私が呼ばれるのはなにも不思議なことではない。
デルフィンが本物の招待状を用意できた経緯が何となくわかった。
パーティーに呼ばれた経緯が明らかになると、私も自分の振る舞い方が分かる。どこかのお偉いさんのふりをする必要など微塵もなく、自分らしくしていればいいのだ。
周りの人間を観察する余裕も出てきた。出席しているのは帝国側の地方の有力者だけとはいえ、そのほとんどはサルモールに心を開いていないのも分かってくる。
中立を保つホワイトランの従士という微妙な身分は、彼らにとってもいい心のはけ口になるようだ。
話しかければここぞとばかりに本心を漏らしてくれる。本心を漏らす前に、背後をよく確認すべきだとは思うが。
サルモールを利用した気になっている首長もいる。
したたかな詐欺師は、騙しているのはこちらだと相手を勘違いさせるのが上手いのだ、若者よ。
嫌味だろうか。
いずれにしても私は新顔だから知らない人間が多くても仕方がない。
プロベンタスから紹介してくれてよさそうなものだが。彼もそこまで気が回るほど、パーティー慣れしていないようだ。
なかなか意義深いパーティーだ。潜入捜査で来ているのでなければ、もうしばらく話を聞きたいところだった。
そろそろ頃合いだろう。パーティーの賑わいを背にマルボーンの元に近づく。
ううむ、ファイアブランド・ワインか。尻尾をひかれてしまうな。
さすがに黙ってパーティーを抜けるとまずいらしい。
皆の注意を逸らすとなれば、ラゼランに一役買ってもらおうか。
マルボーンに注いでもらったコロヴィアン・ブランデーをラゼランに渡すと、彼はすぐに私の頼みを聞いてくれた。
このお上品ぶったくそつまらないパーティーには、余興が必要なのだ。
さすが東帝都社の人間だけあって、口だけは最高にうまいようだ。
前言撤回。
やはり、頼んだ相手が悪かった。ラゼランがつまみ出されるのも時間の問題だ。
エリシフ首長が向こうを見てくれたら、私も静かに退場できるのだが。困ったな。アルゴニアンが珍しいのか。
エリシフ首長の視線がそれ、私はそろそろと後ずさりを開始する。
マルボーンが厨房への扉を開けた。
そろそろ始めるか。生まれて初めての潜入捜査を。
前へ |
次へ