厨房にはいい香りが充満している。そういえば用意されていたごちそうには、一つも手を付けなかった。惜しいことをしたな。あのスイートロールは、宿で売られている物よりワンランク上の味がしただろうに。
マルボーンの方はそつなく手はずを整えていた。エレンウェンの執務室は中庭の先にあるそうだ。
後は私次第か。
パーティー会場の外では、兵士達がのんびり噂話をしていた。ドラゴンとの関連が聞けるかもしれない。じっと耳を澄ます。
サルモールもドラゴンの来襲に困惑しているようだ。せいぜい自分達の任務の邪魔くらいにしか感じていないようだが。とりあえず、サルモールがドラゴン復活に関わっていないのは分かった。……もう帰っていいかな。いや、あの疑り深いデルフィンのことだ。なにか証拠の品がないと納得してくれないだろう。書類がどうのと言っていたことだし。
中庭へ続く扉を探して大使館内を彷徨う。ここではないな。
物置部屋で、サルモールのローブを見つけた。これを着れば遠目にはサルモールに見えないだろうか。
遠目でも無理そうだな。
馬鹿なことをしていると、あっさり見つかってしまった。
騒ぎ出す前にちょっと静かに眠っててもらおうか。やはり私には潜入捜査は向かないようだ。
静かにさせた兵士達はとりあえず裏手の食堂に運んでおいた。
エレンウェンの目が離れている隙に、兵士だけで羽目を外して飲んだくれて倒れている……ようには見えないな。
手早く仕事を済ませてしまおう。
中庭に出ると、既に騒ぎを聞きつけた兵士達が警戒中だった。サルモール兵は召喚剣が標準装備らしい。
剣のおかげで、暗くてもどこにいるかまる分かりだ。私は氷晶のシャウトを叫び、凍った彼らを盾で殴りつける。
魔法の盾を展開する魔術師。
氷晶のシャウトは受け止められても、鉄の盾の一撃は耐えきれなかったようだ。
中庭で派手に暴れ、執務室のある棟に入る。
外の騒ぎを聞いていても、まさか侵入者側が勝ったとは思ってもいないらしい。見張りの兵士は窓の外を気にする様子もなく、のんびり館を巡回しているだけだ。
ここでもドラゴンの話だ。そしてサルモールはそれに関してとある老人を探しているらしい。
噂話をしている兵士やスパイ達が立ち去った後の部屋を覗く。
重要書類が入っている箱は施錠すらされていなかった。館の警備によほど自信があるのだろう。
ドラゴン調査の書面。
やはりサルモールはドラゴン復活に関わっていない。それどころか彼らも、ドラゴン復活の原因が別の組織にあると疑っているようだ。これはいい証拠になる。持って帰ろう。
そしてデルフィンに関する調査書もしっかりあった。
よほど恨まれているらしい。生存自体が侮辱とは。こちらはデルフィン自身もよく分かっているだろうから、置いて行ってもいいだろう。
さて、牢屋はどこだ。サルモールが探している老人の居所を知る人物が捕えられているらしいが。
金庫くらい鍵を閉めてもいいだろうに。
この館の警備状態は最悪だな。
ようやく見つけた牢屋では、今まさに拷問がはじまろうとしていた。
この位置からなら何ら問題なく、囚人の自白を聞くことができる。
が、しかし。
拷問を見学する趣味はないのだ。先制攻撃をさせてもらおう、第3特使殿。
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