ボーンストレウン山脈のドラゴンの咆哮で朝を迎える。
さて、今日はジョンドレレ氏待望の聖域を訪れる日だ。
聖域は、湯気沸き立つ火山地帯のどこかにあるらしい。
エルダーグリームの木は、温かい場所を好むのだろうか。だとしたら、ホワイトランの木は寒すぎて枯れてしまったのだろうか。
ここまで来たら、温泉で一服休みたい気もするが、ジョンドレレ氏の両手槌で殴られそうな気がするので、今日は我慢だ。
しばらく進むと、不毛の火山地帯にこんもりとした林が見えてくる。
ここが聖域か。
エルダーグリームは、林の中の洞窟に生えているようだ。
洞窟内は温かい。
ぼんやり湯気が漂っている。
狭苦しい岩のはざまを進むと、視界が開けた。
日頃さして情緒的なものに興味を示さないリディアが、感嘆の声を上げた。
これは見事だ。
聖域というにふさわしい神秘さも漂っている。これぞ自然の驚異。キナレスの慈愛の賜物だ。
聖域には他の巡礼者がいた。
火山地帯にはサーベルキャットもいたりするが、その危険を冒してでも辿り着きたい場所なのだろう。
……もしかしてこの巡礼者も、どこかに両手槌を隠し持っていたりはしないだろうか。
よほど屈強な戦士でもなければ、単身こんな場所まで来ようとは思わないものだ。それともジョンドレレ氏同様彼も、恐れ知らずの信仰心の持ち主なのだろうか。
もう一人巡礼者がいた。雰囲気からして、彼女はかなり年季のいった信者のような気がする。
彼女によれば、樹上に見えるエルダーグリームの木に辿り着くすべはないという。木の根が複雑に伸びて来ていて、登る道をふさいでいるというのだ。
だが、その根を動かす力を持つ武器があるという。
その武器こそが、汚らわしい短剣ネトルベイン。
彼女はそれを使わない方がいいと警告した。しかし使わねばエルダーグリームの木に近づけない。
ダニカの言葉を信じれば、エルダーグリームの大木から樹液を採取しなければホワイトランの木は蘇らない。
巡礼者よりも、司祭の言葉を信じよう。
道を登ると、確かに根っこだらけで登れなくなっている。私の爪ごときや、たいまつの火もきかないようだ。
ところがネトルベインで少しばかり引っ掻くだけでこの通り。
本来動かないはずの木の根が、やめてくれと言わんばかりにのけぞった。
これは面白い。
動く根が面白くてネトルベインを振り回していたら、背後にさっきを感じた。
まずい。ジョンドレレ氏が両手槌を構えている……!
ジョンドレレ氏はご立腹の様子だ。
ネトルベインで聖なる大木をどうしようというのかと詰問してきた。
事情を話すと、彼はますます立腹した。
ホワイトランの不浄な木を蘇らせるために、聖なる大木を冒涜するのかと。
しかしジョンドレレ氏、あの場所にいて私とダニカとの会話を聞いていなかったのだろうか。
まあいいか。私も人の話が右から左に抜けることはよくある。
ジョンドレレ氏は別の提案をしてきた。
古い木はあきらめて新しい木を持って行ってはどうかと。
どういうことかと首をかしげていると、彼はついて来いという。
木を説得すると。
エルダーグリームの聖なる木と対話……。
キナレス信者は、そんなこともできるのか……。
しかもあの重い両手槌を背負って、後ろにひっくり返らず中腰姿勢まで取れるのか。
私がジョンドレレ氏の身体能力に脅威を感じている間に、自然の驚異も起きていたらしい。
気がついたらジョンドレレ氏が小さな苗木を指さしていた。大木が対話に応じて苗木をくれたとか。
ジョンドレレ氏がいなかったら、私とダニカはこの聖なる大木を枯らしてしまったかもしれない。
彼には感謝してもしきれないだろう。
役目を終え、ジョンドレレ氏も満足そうだ。
帰りは他の巡礼者達と道中を共にするとのことなので、私達はこれで失礼する。
もらった苗木を大切に持ち帰り、ダニカに事情を話すとしよう。枯れた木に文句ばかり言っていた彼女も、心を入れ替えることだろう。
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