カイネスグローブの宿でゆっくり休んだ翌日。
私達はウィンターホールドへ向けて出発した。ロッジにご先祖様の盾を渡し忘れたことを、この時点で私はまだ気づいていなかった。急ぎの用ではないから、また今度立ち寄った際に渡せばいいだろう。
ウィンターホールドへ向かう道だが、ウィンドヘルムの真北に位置するとはいえ、街道自体は真北方向へは伸びていない。ウィンドヘルムから西へ向かって川を渡り、アンガの製材所を通り過ぎてさらに北へ向けてアンソール山のある山脈に入る。山脈から今度は北東へ向けて歩き、カスタブ砦を通り抜けてと、かなりの回り道をしなくてはならない。
今回は星霜の書に関する聞き込みでウィンターホールドに行くだけなので、手っ取り早く馬車を使うことにした。情報が得られなければまったくの無駄足になってしまうので、時間だけでも節約したいのだ。
午前中にウィンドヘルム前から出発し、午後五時過ぎにウィンターホールドの町へ。
かなりの長旅だった。それにしてもあたり一面銀世界だ。そしてとても寒い。
町は壊れた建物が多く、人の姿もまばらで寂しい雰囲気だ。人がいないのは寒さのためだとして、壊れた建物が多いのはどういうことだろう。
宿にいた裕福そうな飲んだくれに尋ねたところ、大崩壊というのが起こって町の大部分が崩れてしまったという。彼は大学のせいだと言っていた。
その大学は、さびれた町には全く似つかわしくない立派な石の城だった。造りが立派だったから、壊れずに残っただけのようにも見える。
夜まで少し時間があるので、このまま大学で聞き込みをしてみることにした。
大学への門にはダンマーの門番がいた。
進もうとする私の前に立ちはだかり、この先は危険に満ちていると脅してくる。どうも芝居がかっている気がするので、これはいったいどういう儀式なのかと尋ねてみた。
どうやら彼女は、私を入学希望者と間違えたらしい。入学希望者にはもれなく入学試験があり、それに合格した者だけが大学へ入ることを許可される。
魔法を学ぶことは常に危険と隣り合わせになるということ。その覚悟を持って大学に来たのかと尋ねていただけらしい。
星霜の書について、大学の先生方に知恵を賜りたかっただけ。そのために、ちょっと中に入らせてもらいたかっただけなのだ。
私が正直に来訪の目的を告げると、門番は笑った。ユーモアはここに不足しているものの一つだとか何とか言って。
ちょっと待ってほしい。今のは笑う所か? この大学のユーモア不足はよほど深刻なようだ。ユーモアが不足しすぎていて、何で笑ったらいいか分からなくなっているのでは……。
しかしどのような用向きにせよ、今の大学は見学者を受け入れていないという。
新入生として入るか、あきらめるかのどちらかだと。
そして入学試験とは、ここである程度の魔法を見せればよいとのこと。
簡単な火の魔法であれば私にも使える。だが、私はあくまで魔法使いとして入学するつもりはない。
そこで、ドラゴンボーンだと名乗ることにした。魔法よりもシャウトのほうが得意だ。
他の地方の魔法大学であれば、「ドラゴンボーン」という肩書など通じなかったかもしれない。
しかしスカイリムの魔法大学は違った。
門番はドラゴンボーンについてよく知っていたようだ。かつて大学とグレイビアードは、交流があったという。これは意外だ。現在のグレイビアード達は大学を嫌っているようだったから。
とりあえずも、私は自分がドラゴンボーン出ることを証明するため、「晴天の空」を叫んでみた。
これで入学試験は突破だ。「揺ぎ無き力」で、この邪魔っけな門番を吹き飛ばしてしまってもよかったのだがな。
さて、晴天の空を叫んでドラゴンボーンであることを証明したのはいいが……。
なぜか空が晴れない。ずっと吹雪のままだ。
ウィンターホールド、大崩落、魔法大学、晴天の空ですら払えない吹雪。
星霜の書の情報を求め、なかなか不思議な場所に来てしまったようだ。見習い魔法使いとして入学できるようになったのはいいが、用が済んだら早々に立ち去りたいものだな。
それにしても立派な造りの大学だ。何も知らない者が見たら、首長の館か城だと思うことだろう。実際の首長の館は、町の入り口近くの木造家屋だ。他の家より立派とはいえ、大学と比べればはるかに見劣りがする。
ウィンターホールドを襲った大崩壊は、いかなるものだったのだろう。大学は岬っぽい部分にあったのだろうが、途中の地面が抜け落ちたせいで完全に離れ小島になっている。大学へ通じる通路が、まるでつり橋のように残っているだけだった。魔法で維持しているのでもなければ、いつ崩れてもおかしくなさそうだ。
大学の中庭には、創設者であるシャリドールの像が立っていた。この辺りは私よりもマーキュリオの方が感動が大きそうだ。
中庭で新入生を待っていたウィザードに制服を渡される。
袖を通してはみたが、こんなガタイのいいウィザードなどいるだろうか。とりあえず鎧姿では目立つので、学内ではこれで過ごすとしよう。
新入生向けの初講義をサボって、真っ先に大学の図書館へ向かう。果たして星霜の書はあるだろうか。
マーキュリオは、無知をさらけ出す上に無駄足になるだけと文句を言っていたが。
図書館を管理しているのはウラッグという名のオークの老人だ。
生粋の戦士というイメージの強いオークだが、こういう学問系のもちゃんといるのだな。
ただし、戦闘派の司書であるのには変わりないようだ。貸出カウンターの後ろに棘付きメイスでも隠していそうな人物である。
さて、私が星霜の書について尋ねてみると、案の定、ウラッグに妙な顔をされた。
しかしさすがは大学の司書だ。明らかに戦士風の私の姿を見て、こんな脳筋トカゲが自分の意志で書物をどうこうしようとしているわけがないと察したらしい。
ウラッグはそんな書物はこの図書館にないと言った。あるはずがないだろうとも。
それは星霜の書の特殊性にあるという。とにかくすごい力を秘めた書物なのだそうだ。たとえこの図書館にあったとしても、貸し出しはおろか閲覧さえ許可できないレベルのだ。
ではどれくらいすごいのか。
尋ねてみて後悔した。ウラッグの説明は雲をつかむより頼りなく、訳が分からない。マーキュリオはそれ見たことかと、私の後ろでニヤニヤしている。
どうも想像以上に厄介な書物に関わってしまったようだな。
しかし話によれば、書物が時間を超えた存在であるのは確からしい。この世の出来事が、始めから終わりまですべて記されているというのだ。
そんなものが存在するなら、歴史書の存在意義もなくなる気もする。歴史学者は全員失業だ。
私が星霜の書についてあれこれ尋ねているうちに、またしても察しのいいウラッグは気が付いた。
もしかしてお前はグレイビアードに呼ばれた人物なのではないかと。ホワイトランでドラゴンを倒した後に山から叫ばれた「ドヴァーキン」のシャウトは、ここまで聞こえていたというのか。
私がグレイビアードの召喚したドラゴンボーンだと分かった瞬間、ウラッグの態度がころりと変わった。
彼はもう星霜の書についての難しい話はせず、必要な情報を提供しようと申し出た。しかし情報は少ないという。
ウラッグは書架から二冊の本を抜き取り、カウンターの上に置いた。情報はこれだけだという。
一冊は「星霜の書の効果について」という題名だ。書を読んだ人間が受ける影響を4つに分類している。
1.書を読んでも内容を理解できず何の影響も受けない
2.内容を理解できるが、知識に耐えきれずに失明してしまう
3.訓練によって失明の危険を軽減しつつ読める
4.書からより多くの知識を得られるが失明の危険からは逃れられない
私はおそらく第一グループだろうか。
いずれにしても、書を読めるのは選ばれた者だけのようだ。聖蚕会の僧兵は修練によって第2グループから第4グループへ徐々にランクアップできるらしい。
そして2冊目の本が「星霜の書の考察」だ。
これが大いに問題だった。見たところ著者はこの大学の関係者のようだが……。
本の内容は、どう理解していいか分からないものだった。むしろ本の題名がなければ、これが星霜の書について書いたものかさえ判然としないだろう。
マーキュリオにも読ませてみたが、やはり理解できないとのことだった。シヴァリング・アイルズにこういう内容の本を書く者がいるかもしれないが、という感想だ。
この本の著者はどうしてしまったのだろうか。
ウラッグに尋ねると、著者は友人だったと話した。
星霜の書に熟知していた一方で、ドゥーマーの知識にも魅せられていたらしい。
北の方角へ旅立って以降、音信不通になってしまったとか。
つまりウラッグが星霜の書に関して提供できる情報は一つ。
大学の北の氷原のどこかに、書について研究していた人物がいるかもしれないとのことだった。
……すばらしい。氷の浮かぶゴースト・シーを、あてどもなく探せということか。
大学に学生寮があるのだが、この日の晩は宿に泊まることにした。大学は生暖かい変な光の井戸があるだけで、暖炉の炎がないのだ。
それにしても、星霜の書の雲をつかむような話かと思ったら、大海に落ちた針を探すような話になってしまった。
もっともマーキュリオからすれば、このような情報だけでも出てきたこと自体が意外だという。となると、明日は極寒の氷原で人探しだ。氷が浮かぶ海を泳ぎ回らないで済むことを祈ろう。
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