目の前で囚人の脱走を許してしまった。囚人側にいかなる事情があれど、囚人は囚人だ。探し出して捕まえなければ。
追跡が長引くことを用心して、手持ちのゴールドを全て回復薬にかえておくことにした。
出かけついでに、衛兵から犬がどうのと聞いた町の鍛冶屋に会いに行く。
彼はこの近くで野良犬を見かけたらしく、飼いたいから捕まえて欲しいと衛兵に頼んでいたそうだ。シンディングを見つけるついでに、犬探しもいいだろう。その猟犬がシンディング捕縛に一役かってくれたら嬉しいのだが。
決意をもってファルクリースの町から踏み出した数分後、街道の向こうから一匹の犬がやってくるのが見えた。
犬探しは一瞬で終わったようだ。あとは鍛冶屋から預かった、うまそうな生肉で気をひけばいいだけだ。
ところが、犬は生肉など見向きもしなかった。それどころかやけに馴れ馴れしく、私に話しかけてきたのである。私を探していたのだと、流暢な人の言葉で犬は言った。
しゃべる犬にどう反応していいか分からない。
相手は私が黙っているのをいいことに、一方的に事情を話し始めた。彼の名はバルバス。主人と喧嘩をしたらしく、一緒に行って主人をなだめて欲しいとかいう。
悪いが、今は取り込み中だ。後日にしてくれと頼むと、犬はあっさりと引き下がった。主人の家の前で待っているから、いつでも来て欲しいとのことだ。そして奴は尻尾を振りながら、さっさとファルクリースの森へと消えていった。
あれはいったい何だったのだ。
道端で遅い昼食をとりながら、先ほど起こった現象をゆっくり反芻してみた。ウェアウルフに獣の王にしゃべる犬。ファルクリースの森はメルヘンと悪夢が入り混じった、不思議なところらしい。
午後も遅くなると、やや霧が出てきた。気を取り直して先を急ぐ。
シンディングの話によると、このつり橋近くの水場に獣の王がいるらしい。
山からちょぼちょぼ落ちる、清水の流れを逆にたどってみる。
すると小さな泉に純白の牡鹿がたたずんでいた。あれが獣の王か。
牡鹿を狩るには弓矢を使うのが礼儀だろうが、私は弓を使えない。
矢代わりに鋭いシャウトを牡鹿へ向かって放つ。揺るぎなき力で牡鹿が転倒したところへ、すかさず駆け寄って拳をあげた。鹿は素早い。逃げられる前に片をつけなければならない。
牡鹿は私の拳に抵抗するだろう。しかし容赦はすまい。そう思って振り上げた拳だったが、牡鹿の穏やかな様子を見てついつい手を止めてしまった。
揺るぎなき力で倒されたというのに、この鹿は私をちっとも怖がらない。それどころがまるで私のことなど眼中にないかのように、悠々と体を起こして再び泉でくつろぎ始めた。
一切敵意を見せない牡鹿に、私は自身がカイネの恩恵を受けていたことを思い出した。ハイフロスガーの石碑巡りで得た祝福だ。獣の王とて獣。獣たちはカイネの祝福を得ている私を、敵視することはないのだ。
もしここで私が牡鹿を殴れば、恩恵を捨てることになる。前回は人を襲う蜘蛛を殴ってやむなく恩恵を捨てたが、今回は無防備な獣を殴らなければならないのか……。
シンディングを捕まえる手がかりのためだ。私は心の内でカイネに詫びつつ、無抵抗の牡鹿に手をかけた。
すると牡鹿の死体から、魂のような姿が浮かび上がる。
牡鹿の霊は私に語り掛けた。狩られた獣の姿を借りて、ハーシーンが降臨したのだ。
ハーシーンはシンディングに立腹していた。指輪を盗んだシンディングを、私に狩るよう命じる。
悪いが私は狩人ではないし、デイドラ大公の命令に従う気もないのだ。逃げた囚人を再び牢の中へ戻せればそれでいい。
しかしハーシーンは私の狩人ではないという言葉にほくそ笑んだ。なぜなら私が行っている追跡は、彼にとっては立派な狩りの主要行為であるからだ。彼は私にシンディングの居場所を告げ、すでに彼の信者達がシンディング狩りに参加していることも告げた。
お前が狩らねば、彼らが狩る。ハーシーンはそう言い残し、森の霧へと消え失せた。
逃げた囚人を勝手に殺されてしまっては困る。ファルクリース衛兵達の顔に泥を塗ることになるではないか。気にくわない話ではあるが、結局私もシンディング狩りに参加せねばならなくなったようだ。
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