昨晩はこの大広間に泊まった。
グレイビアードは4人しかいない上、修道院には訪ねる人もいないというのに、この大きな会議室の存在は不思議だ。かつては多くの師匠弟子らがここで声の道の鍛錬を重ね、生活を共にしていたのだろうか。
時刻は午前4時。日はまだ登らない。空にはオーロラが微かにたなびいている。美しい光景だ。
今日は下山し、ダークウォーター・クロッシングを経由してウステングラブのあるハイヤルマーチ地方へ向かうつもりだ。道のりがはかどれば、今日中にダークウォーターまで到着できるだろう。
出掛けに供物箱へホニングブリューを入れておいた。一種の布教活動だ。グレイビアードとて声の力を鍛錬するには、適度な喉の湿り気が必要だからな。
しかし真っ暗だ。足を踏み外さぬよう、ゆっくり歩く。
2時間ばかり下るうち、ようやく辺りがうっすら明るくなってくる。
世界のノドで迎える朝は格別だ。しかし行程がはかどらない。午前中にイヴァルステッドにたどり着けなければ、今日中にダークウォーター・クロッシングまで行くのは諦めなければならない。
その時私は昨日習ったばかりのシャウトを思い出した。
旋風の疾走を使えば、風のように早く下山できそうだ。道から少しでもそれると谷底真っ逆さまだが、それは気をつければ問題ない。
これは便利だ。そしてシャウトの練習にもなる。
鍛錬は、努力せず声の力を得た私に足りないものだ。
調子に乗って何度も疾走しているうち、あっという間にイヴァルステッドの村が見えてきた。
いつぞやの狼も、いつものところで大人しく日向ぼっこをしている。
私の姿を見つけて、衛兵が先のドラゴン退治について話を求めに来た。
噂が回るのは本当に早いものだ。私自身もドラゴンボーンとして、人々の知るところとなっているらしい。
止めを刺したのは私だが、イリレスとホワイトラン衛兵達がいなければ、決して絶対に勝てなかったと思う。
山で旋風の疾走を連発したのも聞こえていたらしい。注意を受けてしまった。
街中で声の力は使わないようにしないとだめだな。伝説のドラゴンボーンといえど、人並み外れた声の力を持っている以上人々を恐れさせる存在なのには変わりない。
さあ、村を出ていざダークウォーター・クロッシングへ。
ところが、見慣れない連中がまっすぐ私の方へ歩いてくる。
明らかにこの村の者ではないな。
あまりにあやしいので私は後ろ歩きに逃げていたのだが、ふざけていると思われたようだ。
小走りに駆け寄って私を捕まえた二人組は、私を偽りのドラゴンボーンと呼び、喧嘩を仕掛けてきた。有名になるものではないな。
ところが連中は、炎の精霊を召喚し、魔法をうってきた。危ないじゃないか。騒ぎを聞きつけ村中の衛兵達も駆けつける。もはや喧嘩というより、白昼堂々の殺しである。
私は盾を構えた。法の目を一切気にせず殺しにかかってくるとは、ただの悪党ではなさそうだ。かといって、闇の一党ほど忍んでもいない。何者だ。
街中で来るのでなければ揺るぎなき力を遠慮なく当て、ドラゴンボーンの真偽を身体で理解させてやったものを。
最後まで抵抗を続ける相手に、仕方なく私は素手でとどめを刺した。
「トカゲ」は記憶が戻らぬゆえの偽名なのだが、すっかり定着してしまったようだ。
私はソルスセイムに行く用事など無いのだが、そこに行くと不都合に感じる相手がいるらしいな。
人目のある場所で私を襲ったのも、私を殺してドラゴンボーンが偽物だったのを証明したかったのだろう。ならば本物を名乗るミラークとやらが直接出向き、シャウトで私を吹き飛ばすのが一番だと思うがな。できない事情でもあるのだろうか。
私は修行中の身であるからまだソルスセイムには行かないが、機が熟せば、こちらから挨拶に出向くのも面白いかもしれない。
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