監視塔の衛兵が声を上げた。空だ。ドラゴンが戻ってきた!
暗闇の中、土ぼこりを舞い上げ崩れた城壁に巨大な生き物が降り立った。
衛兵が力いっぱいに角笛を吹き鳴らす。こうなったらやるしかあるまい。
ドラゴンの巨体が空を飛び、地上を踏み鳴らす。
こちらは暗くて目が効かない上に、がれきに足をとられて思うように走れず、弓を当てようと止まればドラゴンの炎の格好の餌食になる。
あまりの素早さに、衛兵達の矢もなかなか狙いが定まらない。
地上に降り立ったところですかさず殴りつける。
ドラゴンと素手で戦おうという者は、私だけらしい。イリレスも衛兵らも、私の気が触れたとでも思っているのだろう。実のところ私自身も、今回ばかりは刃物を持ってきたほうがよかったのではと感じている。
ドラゴンの固い鱗を爪でひっかき、鼻面に盾の一撃をお見舞いする。
ドラゴンが人間の言葉を話した。命乞いか?
ドラゴンが倒れるとともに、その体が炎に包まれる。そして何かが放出され、私に襲いかかった。
なにかが起こったが、なにが起こったのかさっぱり分からない。
ブリーク・フォール墓地の言葉の壁でなにかが起こった時と、なんとなく似ている気がする。
しかしあの時とは違って、ドラゴンから放出された何かを私が吸収したのは、他の者の目にも明らかだったようだ。
衛兵達は、ドラゴンボーンの名を口にした。ドラゴンを殺してその力を吸収する伝説のあれだ。ヘルゲンで見つけたドラゴンボーンの書とほぼ同じ内容を、彼らは小さい頃から聞いて育っていたらしい。
衛兵の一人が叫んでみろと私に勧めた。ドラゴンボーンはシャウトという声の力を使えるらしい。ハイ・フロスガー巡礼の道でも声について学んでいたから、知ってはいるのだが……。
いやいや、その手には乗らないぞ。私は素手でドラゴンと戦う素面の酔っ払いだし、ノルドでもないのだ。
驚きの目で私を見守る衛兵達と、首長に報告に行けというイリレスを後にして、私はホワイトランへ戻った。戻る途中、大地を揺るがす雷鳴のような声を聞いたが、あれはなんだったのか。今夜は色々妙なことが起こる。
こんな夜中にホワイトランへ来た異国の戦士たちも、ドラゴン関係の人なのだろうか。
時刻は深夜を回っていたが、さすがに首長達は広間で報告を待っていた。
監視塔でのドラゴン退治は、すでに館でもおおよそ確認していたようである。館のテラスから監視塔の様子を見守っていたのだろう。
首長達の関心事はドラゴン退治の後に鳴り響いた雷鳴に移っていた。あれがなにかそんなに大事なことなのか。
どうやら私がドラゴンから何かを吸収したことと関係があるらしい。
伝説とされた生き物が現れたばかりでなく、それを倒した人間の一人がその力を吸収し、死体を骨に変えたとあっては、目の当たりにしたほうはたまったものではないだろう。
ここがスカイリムでなければ、私は危険人物としてその場で殺されていたかもしれない。しかしノルド達にとって、ドラゴンの力を吸収できる者は古代からの英雄なのだ。それがたとえアルゴニアンでも……。
雷鳴はハイ・フロスガーからの召喚の声だった。
前回は一観光客として登ったが、今度は招待されたのか。あの長い階段をまた登るのか……。
首長はドラゴン退治の報酬も忘れていなかった。
首長が与えうる最高の名誉と、その記章としての武器だ。
……非常に光栄なのだが、目の前のドラゴンボーンは懐が非常に寂しい英雄だ。
しかし首長や執政の顔を見るに、ここで今日明日の食費や宿代をねだるのは止めた方がいいだろうな。
まあいい。私にはルーカンから貰った報酬がまだそっくり残っている。ハイ・フロスガーまでの路銀までなら十分持つだろう。
館を去り際、一人の女戦士が声をかけてきた。そういえば私にもイリレスのような私兵をつけてくれると首長が話していたな。
持て余していた従士の記章である武器は、とりあえず彼女に使ってもらおう。私は武器は使わない。
奮発して今日はバターにトマトだけでなく、焼いたスローターフィッシュとホニングブリューハチミツ酒を購入した。私兵のリディアにもハチミツ酒とアップルパイを。イヴァルステッドまでの弁当もいる。
……ルーカンからの報酬は、二人分の食費代に持ちこたえられなかった。傭兵の仕事を本気で探した方がいいかもしれない。
それにしても、あのアーケイ司祭と私は何か因縁でもあるのか。まああの時間帯にホワイトラン前ですれ違ったんだから、彼と同じ宿に泊まることになってもなんら不思議はないのだが。
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