朝も暗いうちから起き出して、ひたすら薪割りをした。朝っぱらから薪を割る音がさぞ迷惑だっただろう。しかし私の懐にいまや、500数ゴールドが入っている。
大金はすぐに消える運命だ。
昨日、命からがら遺跡から逃げ帰った私は、傭兵を雇うことにした。ホワイトランでは、このダンマーの傭兵が最も腕がたつらしい。
どうやら芸術家でもあるようだ。残念ながら私が用意できるキャンバスは、埃と蜘蛛の巣まみれの乾いた骨と皮製なのだが。
昨日来た道から再び遺跡へ舞い戻る。
鮮やかな赤い絵の具を使えないと知った傭兵ジェナッサは、今回の仕事にいささか不満のようである。まあ墓の中で腐臭まみれになるのが好きなのは、死霊術師くらいだろう。
あらかじめ彼女には、遺跡の物品に一切手を付けないよう言い置いた。埋葬品を持ち出すのは死者への冒涜になるが、動く死者に恨まれるのはもっと勘弁願いたいからな。
ダンマーとはいえ、スカイリムに暮らすだけあって彼女はノルドの古代遺跡のことを多少知っているようだ。この遺跡は住居を墓に改装した可能性もあるのか。
例のネズミ達は今日も大人しかった。彼らが何を餌にしているかは、考えないでおこう。
死体がうろつく遺跡に入ろうという酔狂者は、どこぞの首長におだてられ、ドラゴン好きの王宮魔術師に頼まれたお人好しくらいだろうな。
度胸が知恵の代替品にならないことは彼女に同意だ。もっとも、時々どんなに知恵を尽くした罠も、有り余る度胸と体力でやり過ごす輩もいるから馬鹿にはできないが。ノルドならやりかねん。
誰かが一緒だと、遺跡探索の恐怖は半減する。化け物も二人で戦えばほとんど敵ではない。
しかし死してなお、遺跡の明かり灯しや巡回警備にあたらねばらなんとは。思えば哀れだ。死は永遠の休息のはずなのに。
遺跡は自然の洞窟も所々に取り込んでいる。光るキノコが綺麗だ。
骸骨とミイラだらけの埋葬室を歩くよりはるかに気持ちがいい。
やはり奥の奥まで明かりが用意されている。このドラウグルというミイラ達も、物を見るのに明かりが必要なのだろうか。それともここを墓ではなく住居だと思って明かりを灯し続けているのだろうか。
やがていくつもの壁画に飾られた、細長い通路とも部屋ともつかぬ場所に出た。
これがあの山賊の言っていた物語の間だろう。奥には意味ありげな扉がある。金の爪に記されたレリーフをヒントに鍵を開ける。
最奥の扉の向こうは、自然の洞窟を利用した大広間だった。外からの明かりも来ているようだ。水の音もすがすがしいな。
最奥には竜の顔を掘り込んだ巨大な壁が立っていた。近くにある棺は、この墓所の主のものだろうか。
願わくば、私が立ち去るまでずっと眠っていてほしいのだが。……もしかして石板が副葬品だったりするのか。
竜の壁に近づくと、どこからか力強い歌声が聞こえてきた。しかしジェナッサには何も聞こえないという。彼女は壁に文字が刻まれていると言った。私は近眼だから、よほど近づかないと確認できないな。
どれ……。
奇妙な文字だ。まるで爪でひっかいたような。しかもその中の単語ひとつが妙に鮮明なイメージとして私の頭に残る。そしてその意味も明確に理解することができる。全く知らない文字だというのに。しかも他の単語は分からないままだというのに。
不思議なこともあるものだと首をひねっていると、背後で棺桶の蓋が勢いよく跳ね飛んだ。
やはりお目覚めか。ちょうど上の階で見つけたエクスプロージョンの巻物があるから、それで火葬して差し上げよう。
墓の主は格が違った。私と対面するなりすさまじい衝撃波を放ったのだ。叫び声にも思えたが、ただの叫び声でもなかった。まあいい。相手は動く死者だ。妙な力の一つも持っているだろう。
そして石板はやはり彼の埋葬品の一つだった。実在していただけでも素晴らしい。あの王宮魔術師の研究は無駄ではなかったようだ。
石板の裏には、あの壁にあるのと同じ文字でなにか記されていた。おそらくこれがドラゴン文字なのだろう。
遺跡の最奥に抜け道があった。先には小さな祭壇のある洞窟。花が供えられているのを見るに、この付近は今でも誰か人が訪れているのだろうか。洞窟の奥があんな大遺跡とつながってるとは、誰も想像だにしないだろうな。
外はすでに夜も更けていた。遺跡の裏手の山肌だろうか。山をぐるっと回れば、リバーウッドまで戻れるかもしれない。とにかく早く生きた人間のいる場所に戻りたい。
歩く方角をジェナッサと相談しつつ、真っ暗な林を心細い気持ちで進む。
子供時代によく読んだ物語だと、こういう林には人食い魔女が住む一軒家が突然現れたりするのだ。
二人で子供だましの怪談話を冗談めかして交わしていると、本当に小さな小屋が星空の下に現れた。軒先では老婆が一人、星空を楽しんでいる。
まああれは物語での話だ。実際には年寄りがつつましい生活を、誰にも邪魔されず静かに送っているだけだ。彼女は客は大歓迎だと言ってくれたが、遺跡の埃にまみれた体で小さな家にお邪魔するのも気が引けたから、村の方向だけ教えていただいた。特になにかを警戒したわけではない。
川の流れを右手に聞きながら、川下を目指す。私はアルゴニアンだから、川に飛び込んで下ればすぐに村に帰れるだろう。しかしジェナッサはそうもいかない。
村の明かりがようやく見えたのは、もう深夜もまわってだいぶたった頃だ。
スリーピング・ジャイアントに戻ると、宿の料理人が夜食を用意してくれた。宿泊は女主人がやっているのだが、姿が見えない。料理人は出かけたと言うが、ホワイトランに買い出しにでも行ったのか。
宿泊はできないが、テーブルに突っ伏して寝るのは構わないらしい。遺跡探索でへとへとなのに、なんと優しいことだ。
せめてものお詫びに、ジェナッサには私なりの豪勢な夜食を奢って差し上げた。
蒸したカニの脚、ガーリックトースト、バター。
バターにディップしたニンジン一本をかじる私に、ジェナッサはあまりいい顔をしていなかった。仕事終わりにハチミツ酒一杯もなしだからな。それとも彼女はバターが嫌いだったのだろうか。私にとっては飲み物の代わりにもなるのだが。
つつましい夜食を終えると、仲良く二人並んでテーブルに突っ伏して寝た。あと数時間で朝が来る。
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