1時間ばかりの仮眠の後、私は西の方角へ向けて出発した。
いまソリチュード近辺に戻るのは危険だろう。西へ向かい、リーチ地方へ逃げるのがよさそうだ。
大使館へ向かう前、余分な荷物はすべてデルフィンに預けてしまったので随分身が軽い。幸いドラゴンを倒したおかげで、懐には少々の金がある。マルカルスで数日宿を転々とし、それからリバーウッドへ戻るくらいには持つだろう。
ハーフィンガル北部の山岳地はペイル程でないにしてもかなり厳しい気候だ。それを象徴するかのように、道沿いには村一つ、宿一つとしてない。北岸防衛のための砦が点在するだけだ。
そして獣達は常に飢えている。キナレスの恩恵を失くしている今、あらゆる獣が脅威だ。
アイスウルフ。
普通の狼程度なら殺さずに逃げて振りほどくのだが、さすがに相手が悪い。確実に仕留めておかないと、こちらの命が危ないほどだ。ハイフロスガーにいる連中にも殺されかけた経験がある。
おや、山賊の馬だ。持ち主は死亡。
乗っていけば旅路が楽になるか。
だが馬自身にお断りされた。トカゲを乗せるつもりはないらしい。
ようやく雪が薄くなってくる。リーチが近いのだろう。
ノルド遺跡は道中もそこかしこに見えた。スカイリムは人類最初の入植地であり、それだけに積み重なってきた歴史の地層は段違いだ。今生きている人間の集落より、遺跡の数の方が多くても不思議ではないのだろう。
川……カース川だろうか。ということはもうリーチ地方か。
霧が深く、時刻が分からない。だがじきに夕暮れだろう。
道を急ぐ時に限って、山賊のアジトに行く手を阻まれる。
だがリーチ地方で行く手を阻むのは、例の蛮族達だ。
私にとって彼らは山賊より危険な存在だ。山賊はまだ鎧に身を固め、盾を持って戦うことを知っている。だが彼らは半裸に近い装備で、身の守りなど考えずに打ちかかってくる。死を恐れない敵ほど厄介な相手はない。いったい何が彼らをそこまでさせるのだろう。
おお、ようやく街道が見えてきた。人の姿もある。近くに宿がないか尋ねられそうだ。
見えた人影の一つは配達人だった。
よくも私を探し当てられたものだ。もし彼がサルモールの密偵として雇われたらと思うと、ぞっとする。絶対に逃げられそうにない。
もう一つの人影は放浪の詩人タルスガルだ。結局私達は彼の後をついてカースワステンへと辿りつけた。
村の入り口近くで村人と傭兵らしき集団がもめている。
鉱山の権利争いがあったらしい。
今日は話を聞くだけにして、明日手を貸せるかどうか尋ねてみるか。
タルスガルは村の宿ですでに歌声を披露していた。客がいないので店主に向けてだが。
マルカルスには「吟遊詩人の跳躍」という名所があるらしい。聞くからに高い崖の上にありそうだ。近くに言葉の壁があるなら行ってみてもいいかな。
やれやれだ。
大使館を脱出してようやく安全な場所に辿りつけた。
川の近くで獲ったマッドクラブの身を焼き、暖かなハチミツ酒で腹を満たす。
私という客を得たタルスガルは色々な歌を歌ってくれた。
ドラゴンボーンの歌は、どうも気恥ずかしい。ノルドでもない私が声秘術を使ってることだし。
そういえばマルカルスの首長が大使館に来ていた。ということはリーチは帝国軍側か。
しかし各地をめぐる吟遊詩人なら、内戦で分裂する現状のスカイリムを見ての挑戦的な歌の一つも聞いてみたい気がする。
寝床を確保し夕食もそれなりに満足な量を食べたところで、配達人が届けた手紙を開封した。
サルモール大使館での出来事は、いったいどこまで広がっているのだろう。むろんシルバードリフトの隠れ家の件もあるから、この「友」がよほど地獄耳なのは知っている。「友」以外にあの騒ぎが知られていなければいいが。ちょっとした騒ぎどころではなかっただけに。
パーティー会場の裏手にいた一般兵、司法高官、第3特使が全滅。ひどい失態だ。手も足も出なかった大使館側から見ても、隠密すべきだった侵入者の手際から見てもだ。しかしここまで惨憺たる事件であるからして、サルモールは今回のことを隠し通すかもしれない。
今頃エレンウェンは怒りに総毛立ちながら、「奴の生存自体が我々への侮辱だ」と報告書を作成しているのかもしれないな……。
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