旅人にとって、世話のいい宿での目覚めほどよいものはない。
ところが気分よく客室を出て、宿の食堂へ顔を出した私は、ここに似つかわしくないものを見た。昨晩はあのようなものはなかったはずだが。むしろ出るなら夜のうちに出た方がいい気もするが。
あれはいったいなんだと宿の女将に尋ねると、女将も朝一番にあれを見つけて驚いたそうだ。
しかし誰かを祟るわけでもなく、椅子に座って飲んでいるだけだという。害はないからそのままにしておいたとのこと。さすがにあの息子の母だけあって、動じていない。
ただ、気味が悪いので出て行って欲しいとは思っているようだ。
私が女将の胸の内を幽霊に伝えると、幽霊は私をヒャルティと呼んだ。この手の幽霊は自分が死んだことに気づかず、死の少し手前の記憶の中のみで行動していることがよくある。
彼は古代の兵士で、戦闘の前に友人から剣をもらう約束をしていたらしい。
宿の女将によると、ヒャルティはタロスを呼ぶ名の一つらしい。ヒャルティがこの宿に立ち寄る前、サンダード・タワーで大きな合戦があったらしいということも教えてくれた。今も残っているかどうかは分からないが、近くを通ることがあったら覚えておこう。
幽霊騒ぎで少し時間が遅れたが、私はホワイトラン領へ向けて出立した。
女将の話によると、ロリクステッドへ立ち寄るなら、街道を行くより山越えの道を使った方がいいとのこと。のんびり歩いても昼過ぎには到着できる話だ。
道と言っても、人が踏み固めた地面があるばかり。方向音痴にはいささか不安だが、まあ行ってみるとするか。
最初の峠を越えて間もなく、不審な焚火を見つけた。焚火自体は旅人が起こしただろうから不審ではないのだが、周りの様子がおかしい。
スキーヴァーの襲撃は予想していた。近づくにつれ死臭が漂っていたからだ。
私は素早く対処し、辺りを調べた。
男性と女性の遺体が一つずつ。
女性の所持品には日記があり、どうやら二人は駆け落ちしてここで待ち合わせたらしい。しかしここは山の中だ。山賊が出なくても、熊やその他の危険な獣だって出現しうる。
山賊に殺されたなら身ぐるみはがされていたろうから、恐らく熊にでもやられたのだろう。
埋葬してやる時間も道具もないので、これでいいか。人通りの限られた場所だから、持ち物を荒らされる心配はなかろう。
駆け落ちもまさに命がけな世界だ。彼らの親達は、駆け落ちした息子や娘が世界のどこかで幸せに暮らしていると思っていた方が、真実を知るよりいいだろう。
悲劇の場所からさらに進み、女将の言っていた鉱山村が見えてくる。
ここから左手の道に向かってさらに峠を登るとたどり着くそうだ。
村には寄らない。何となく陰気な雰囲気だから、近づきたくなかったのだ。
山の中で降られた雨は、最後の峠を越える直前に上がった。青い空がまぶしい。
峠の頂上には、積み石塚がひっそりと立ち、ここに一応の道が存在することを知らせてくれる。
なかなか威嚇的な石塚だ。
近づいてよく見ると、血と人間の骨で飾られていた。この付近に山賊か、はたまたフォースウォーンの根城があるのかもしれない。
周囲に気を配りながら斜面を降りる。ようやくロリクステッドの村が見えてきた。
時刻は昼を少し過ぎた頃。宿に立ち寄って食事をするのにちょうどいい時間だ。
村へ入る前に、私は以前見かけたドラゴンの墓にも立ち寄った。
見たところ、ドラゴンはまだおねむのようだ。あの空飛ぶトカゲ……などと人々は揶揄するが、私はアルゴニアンであるからして、奴らをトカゲ呼ばわりする気はない。あの空飛ぶミミズ……かな。
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